歌舞伎役者のように顔を白く塗り、貴族のようなドレスに身を包んだ老婆が、 ひっそりと横浜の街角に立っていた。本名も年齢すらも明かさず、戦後50年間、 娼婦として生き方を貫いたひとりの女。かつて絶世の美人娼婦として名を馳せた、 その気品ある立ち振る舞いは、いつしか横浜の街の風景の一部ともなっていた。 “ハマのメリーさん”人々は彼女をそう読んだ。

1995年冬、メリーさんが忽然と姿を消した。自分からは何も語ろうとしなかった彼女を置き去りにして、膨らんでいく噂話。いつの間にかメリーさんは都市伝説のヒロインとなっていった。
そんなメリーさんを温かく見守り続けていた人たちもいた。病に冒され、余命いくばくもないシャンソン歌手・永登元次郎さんもその一人だった。
消えてしまったメリーさんとの想い出を語るうちに、元次郎さんは一つの思いを募らせていく。もう一度、メリーさんに会いたい。そして彼女の前で歌いたい。








「天国と地獄ね……」。ある時、メリーさんがそう呟いた。横浜の小高い丘に広がる富裕層が住む山手と、その麓にひしめく浮浪者街、そんな対極の地を見たときのことである。
映画「天国と地獄」の舞台となった横浜には、数十年経った現在でもそんな世界が現存している。「天国と地獄」の中に登場する「外人バー」。そのモデルとなった酒場が、戦後、進駐軍の米兵や外国船の船乗りたちで賑わった大衆酒場「根岸家」である。
客は外人たち、やくざや愚連隊、街の不良たち、米兵相手の娼婦「パンパン」、果ては警察官といった面々。皆、無国籍感漂う酒場「根岸家」に集まり、夜な夜な饗宴を繰り広げていた。その当時、メリーさんは「パンパン」として根岸家に出入りし、ライバルたちと熱いバトルを繰り広げていたという。
横浜がまだアメリカだったころ、そして横浜がもっとも横浜らしかったころの話である。







駅名にもなっている横浜の中心部・関内とは、旧外国人居留地の名称である。その昔、京浜東北線の線路下にあった河川、そこには鉄橋があり関所が作られていた。川より海側の地域である関所の中は「関内」と呼ばれ、特権を持つ外国人が居留、関所の外は「関外」と呼ばれ、一般大衆の日本人が生活を営んでいた。
今、多くの人がイメージする横浜は、映画やテレビで描かれてきた「関内」である。本作が集中的にロケを行ったのは「関外」。観光ガイドではない「ヨコハマ」を描いている。







本作に出演するのは、メリーさんと関係のあった人たちや思い入れのある人たち、そして昔の横浜を知る人たちである。それらの人たちのインタビューや取材により「メリーさん」とは何だったのか、彼女が愛し離れなかった「横浜」とは何だったのかを検証し、浮き彫りにしていった。
いわば本作は、あるテーマ(ヨコハマ、メリーさん)についての「現象」を追ったドキュメンタリーである。

監督は本作がデビューとなる、弱冠30歳の中村高寛。メリーさんが街から消え、彼はその影を追うように、様々な人々へのインタビューを始めた。そしてメリーさんを通して見えてきたものは、市井の普遍的な人の営み、感情、人生の機微であった。撮影開始から5年の歳月をかけ、地元・横浜への親しみが込められた、清々しい感動に溢れる作品を作り上げた。








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